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2011年 10月 07日
古の昔よりこの列島に暮らしを営んできた先人たちは今を生きる子孫たちに思いを込めて貴重な教訓を残してきている。形があるものとしては石碑、祠、鎮守の神社、古文書、また、各地の言い伝え等々。
筆者らが暮らす奈良県ではつい最近の台風12号による大雨で十津川村(日本一面積の大きい村)などで大災害があった。多くの人が犠牲になり、未だに避難されている人々が多数いる。もともと紀伊半島山間部はこの時期、降水量が大である事は誰でもご存知であろう。 有史以来、程度の差はあれたびたびの水害に見舞われてきた。中でも明治22年8月の十津川大水害のあと600戸の村民2600人が苦渋の選択をして先祖代々の土地を離れ、北海道へ移住した。そこは原野の中、そこを「新十津川村」と名付けた。今は「町」に発展しているが現在でも出身の奈良十津川村を「母村」として交流しているという。 その「母村」には当時、あるいはもっと以前を含め100基を超える「石碑」が存在したと言われている。被災したご先祖が子孫に思いを馳せ、心から念じて建立したのであろう。住処に関する警告などが記されていた。 ところが、現在残っているのは5基のみと言う。何と言うことか! 明治22年と言えば110年前、今を生きる我々60代の人間からは祖父、曾祖父の時代である。 一方、東北地方も同様に地震、「津波」については先人達が万感の思いを込めて残した多くの有形、無形の資料が残っている。例えば、今回の東北大津波で海水がが到達したラインの僅か高い所に沿って奥州街道(旧街道、浜街道)があり多く(数十)の神社が被災せずに存在している。 ここから海側は「あかん!」と言う警告と思える。また、「ここから下に家を建てるな」と記した石碑もあると言う。 学校で歴史を教科書で習ってきたが筆者自身若い頃はあまり関心は無かった。縄文時代から始まり「むしころころ」など年代、人物名などを覚えるだけで無味乾燥だった印象がある。 義務教育において歴史を教える最初にまずは今住んでいる処の身近なこと(昔の道標、祭りの縁日)から始めれば子供たちも歴史に興味を持ちその大切さが自然と判るようになるのではないか。 にほんブログ村
by aki_1947
| 2011-10-07 09:53
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